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宫部美雪的平成30年:现实总比小说更深不可测

时间:2020-08-01 02:06  
核心提示:目の前にいる宮部みゆきさん(58)は、小柄で上品な女性だった。穏やかな雰囲気で、時折、コロコロと笑いながら話す。その姿と、ときに社会の重いテーマを題材に人間のどす黒

目の前にいる宮部みゆきさん(58)は、小柄で上品な女性だった。穏やかな雰囲気で、時折、コロコロと笑いながら話す。その姿と、ときに社会の重いテーマを題材に人間のどす黒い感情を描く作品性は、すぐに結びつかない。

眼前的宫部美雪(58岁)是一位身材娇小、文雅秀气的女性。气质温和,偶尔会咯咯地笑着和人交谈。人们无法立马将这样的一位女性和她那些以社会沉重话题为题材,描写人性黑暗心理的作品联系到一起。

宮部さんは1960年、東京都生まれ。高校卒業後、弁護士事務所の事務員などを経て、1987年に『我らが隣人の犯罪』でオール読物推理小説新人賞を受賞。1989(平成元)年の初の単行本『パーフェクト・ブルー』で作家デビューした。1993年に『火車』で山本周五郎賞、1999年に『理由』で直木賞を受賞するなど、現代ミステリー作品を中心に高い評価を受けてきた。そして『模倣犯』は、連続誘拐殺人事件を多角的な視点で描いた、宮部ミステリーの金字塔ともいえる大ベストセラーである。

宫部女士于1960年出生在东京。高中毕业后,从事过律师事务所的事务员等工作,1987年凭借《邻人的犯罪》获得ALL读物推理小说新人奖。1989年(平成元年)以首本单行本《完美的蓝》作家出道。1993年凭借《火车》获得山本周五郎奖、1999年凭借《理由》获得直木奖。她的现代推理小说一直备受好评。而《模仿犯》是从多个视角描绘连续诱拐杀人案件的火爆畅销书,说是宫部推理的顶峰也不为过。

──平成の30年間は「20世紀」から「21世紀」に変わる時代でもありました。2001(平成13)年の世紀の切り替わりは、宮部さんにとってどのような意味がありましたか

──平成的30年也从“20世纪”变为了“21世纪”。2001年(平成13年)是世纪的转折,对您而言有什么意义吗?

私の中で、20世紀と21世紀では大きな違いがあります。具体的には、『模倣犯』(2001年)を機に、ハードな事件を扱った現代ミステリーを書くのがつらくなったのです。作り話とはいえ、この作品では何人もの女性の被害者を登場させ、ひどい殺され方をさせ、自己嫌悪になってしまった。親しい編集者にも、「現代ミステリーはもう書かない」と宣言したほどです。

在我看来,20世纪和21世纪有着极大的差别。具体来说,从《模仿犯》(2001年)开始,我感觉到描绘残酷案件的现代推理小说越发难写。虽说是虚构故事,但在这部作品中出现了多位女性受害者,被残忍杀害的,写到最后自己都有些厌恶自己了。厌恶到向关系不错的编辑宣布“我再也不写现代推理小说了“。

それは、現実の社会で突拍子もない事件が起きていることとも関係しています。たいした動機もなく大勢の人が殺されてしまう。ありていに申し上げますと、怖くなってしまって。

其实这也与现实社会中出人意料的案件频发有关。很多人因为不值一提的动机被杀害。老实说,我有些害怕。

その『模倣犯』は、宮崎勤事件に触発されて書きました。首都圏近郊で相次いで起きた連続幼女誘拐殺人事件です。あれは昭和(1988年)で事件が発生してちょうど平成の始まり(1989年)に解決した事件なんですね。

这部《模仿犯》是受宫崎勤事件——在首都圈近郊接连发生的连续幼女诱拐杀人案件的启发而创作。那是一起在昭和年间(1988年)发生,平成元年(1989年)才得以解决的案件。

宮崎勤の連続殺人事件では、4人目の被害者の女の子が東京都江東区で見つかりました。私はずっと江東区に住んでいたうえ、姉の子どもたちが当時、ちょうど被害者の子どもたちと同じくらいの年齢だった。犯人が逮捕されたという報道があったときは、これで解決してほしい、と祈るような気持ちでテレビを見ていました。

在宫崎勤连续杀人案件中,第4位女性受害者是在东京都江东区被发现的。我过去就一直住在江东区,而家姐的孩子们当时恰巧和受害者的孩子们差不多大。当犯人已被逮捕的新闻被报道时,我看着电视祈祷着案件能就此解决 。

姉が本当に怖がっていたこと、怒っていたこと、子どもたちが生きていく世の中の行く末を心配していたことなど、自分の心に残ったことが作品の中にいろいろな形で入っています。

我将家姐的恐惧和愤怒、对孩子们将继续生活在这样一个世界的担忧等等,通过各种形式将自己印象深刻的事写入了作品中。

──『模倣犯』の連載が「週刊ポスト」で始まったのが1995年。あの年は大変でした。

──《模仿犯》是从1995年开始在《周刊POST》上连载的。那年也发生了很多事。

1月に阪神大震災が起き、3月にはオウム真理教の地下鉄サリン事件が起きた。あの騒然としたなかで書き始めたことは、今でも忘れられないですね。

1月是阪神大地震,接着3月又发生了奥姆 真理教地铁沙林毒气事件。在社会骚乱发生时开始写作,我现在仍然对此记忆犹新。

もともと私は、“普通の人”を巻き込む悪質なカルト宗教やマルチ商法に激しく怒りを感じるんですよ。「これを飲むと難病が治るよ」とか。「会員を2人見つけてきたらあなたも儲かるよ」とか、そういう誘い方にものすごく腹が立つ。20世紀のうちに書いていた現代ミステリーは、私が怒りや不安を感じた事件が綾織りのようになって出たものだと思います。

我原本就对牵扯到“普通大众”的恶性的迷信宗教及传销抱有极大的怒气。“喝了这个就能治好难治之症”、“只要拉两人入会你就有钱赚”等,这样的引诱方式也让我感到十分愤怒。20世纪时创作的现代推理小说是将我感到愤怒和不安的案件编织在一起形成的。

──『模倣犯』は劇場型犯罪という意味でも、ある種の“予見性”がある作品でした。

──《模仿犯》讲述的是剧场型犯罪,从这个角度来说,也是一部有着某种“预见性”的作品。

犯罪を見せつけるためにやる承認欲求型ですね。その後、秋葉原通り魔事件(2008<平成20>年)もありましたし、『模倣犯』の連載中に神戸で起きた酒鬼薔薇事件(1997<平成9>年)の犯人の少年Aは2015(平成27)年に手記まで出しました。私は予見しようと書いたわけではないんですが、小説を超えるようなこういう事件が起きてくるんだと思いましたね。

剧场型犯人是为了被认可,为了犯罪而犯罪的。后来,又发生了秋叶原无差别杀人案(2008<平成20年>),在《模仿犯》连载期间发生的神户酒鬼蔷薇事件(1997年<平成9年>)中的犯人少年A甚至在2015年(平成27)出版了自己的手记。我并非是预见了什么而写作,单纯是比小说中描绘的案件还恐怖的案件不断发生了而已。

──宮部さんは「社会派」と呼ばれますが、実際に社会で起きていることを作品の中に反映させようという意識はあるんですか?

──大家都称您为“社会派”,那么您是否有意识地在作品中反映现实社会中发生的事件?

もともと、そういう意識で書いているわけではないんです。私は『火車』(1992<平成4>年)で初めて営業的に大きな数字を出せるようになったんですが、当時、「社会派」と言われて自分としては大いに戸惑っていました。

我从来都没有这种想法。在《火车》(1992年<平成4年>)的大卖后,当时大家开始称我为“社会派”,我自己也感到困惑不已。

確かに、弁護士事務所で働いていたときに、「破産ってなんだろう」と興味を持ったことが後々『火車』につながっています。ただ、あの作品は、切実なおカネの問題を書いたもので、社会のことまで考えてはいませんでした。当時、まだデビューから間もなく、このまま作家として生活ができるのかが、私にとって切実な問題でした。だから「個人の破産」という、何よりも自分自身にとって怖い物事をすごく身近な問題として書いたんです。

的确,在律师事务所工作的那段时间里,我对“破产意味着什么?”产生了兴趣,这与后来《火车》的创作有关。不过,那本书是讲述切实的金钱问题的小说,并没有考虑到社会现实。当时,才刚出道没多久,对我而言是否能就这样以作家的身份生活下去是最为迫切的问题。所以我就把“个人破产”这种最令自己害怕担忧的事情作为非常普遍的问题,写在了书中。

停职的警察本间受侄子的委托,寻找他突然失踪的未婚妻彰子。在彰子失踪的背后是她不断亡命奔逃的残忍隐情

──創作の原点は「自分にとって怖いこと」だと。

──您刚才说到创作的原点是“自己认为很恐怖的事情”。

事件を扱った作品は、その後もすべてそうです。『理由』(1998<平成10>年)は、だいぶ仕事が軌道に乗って、そのうち自分もマンションが買えるかもしれないと思ったときに、マンション購入時に変なことに巻き込まれたら怖いなと考えたのがきっかけです。私は常に「自分がこうだったら怖いな」「世の中のこういうところが私はすごく不安だな」ということを書いているのです。

之后描绘某一案件的作品全是如此。在工作基本步入正轨后,我想或许过段时间就能购买公寓了,那时脑海中又冒出了一种想法——若是在公寓购买时被迫卷进奇怪的案件就太吓人了,《理由》的创作契机就是这种想法。我总是在写“自己遇到这种事就太可怕了“”世间这种地方令我感到十分不安”的故事。

──学校のいじめ問題を扱った『ソロモンの偽証』(2012<平成24>年)も“予見性”を感じました。単行本刊行直前の2011(平成23)年の秋に「大津市中2いじめ自殺事件」が起きます。

──描写学校霸凌问题的《所罗门的伪证》(2012年<平成24年>)也使人感到了“预见性”。在单行本发行前的2011年(平成23年)秋天发生了“大津市中学二年级生霸凌自杀事件”。

それも本当に偶然で、大津の事件が起きたのは、ちょうど作品の最後の仕上げをしているときでした。

这真的是偶然,大津案件发生时我正在为这本小说进行最后的收尾工作。

事件では、学校や教育委員会の隠蔽体質が問題になる一方で、亡くなった同級生のために事実をはっきりさせてほしいと願う声が、学校のアンケートから出てきました。あの大津の学校の事件で勇気を持って声を上げた生徒さんたちが、真実を与えてくれたような気がします。

在这一案件中,学校及教育委员会的刻意隐瞒是重要问题,另一方面,有学生在学校的问卷调查中表示为了自杀者,希望学校把事实说明。我感觉正是在大津案件中勇敢发声的学生们让真相大白。

それが、21世紀に入って以降は、現代ミステリーに代わって『ブレイブ・ストーリー』(2003<平成15>年)などファンタジー小説を多く手がけるようになった。一方、現代小説でも、“普通の人”である私立探偵が日常的な事件を扱う「杉村三郎」シリーズが始まった。時代の変化とともに、宮部さんの作風は変化した。

进入21世纪以后,宫部美雪不再写现代推理,而是开始大量创作《勇者物语》(2003年<平成15年>)等奇幻小说。另一方面,在现代小说方面,也开始创作描绘“平凡”的私家侦探解决日常案件的《杉村三郎》系列。随着时代变迁,宫部女士的写作风格也改变了。

──「杉村三郎」シリーズではライトな日常の事件が中心になりました。日々の生活が織り交ぜられた描写は、これまでとは違う“リアル”さを感じます。短編集『希望荘』(2016<平成28>年)では、2011年の東日本大震災当日の様子が書かれています。

──《杉村三郎》系列是以轻松的日常案件为主要内容的。将日常生活与案件交织在一起的描写给人一种与过去不同的“真实感”。在短篇集《希望庄》(2016年<平成28年>)中您还描绘了2011年东日本大地震的情形。

あの作品で震災当日のことを書いたのは、私が当時、見聞きしたことを小説の中に書いておこうかなと思ったのです。NHKのアナウンサーがすごく冷静だったことや、窓の外で人がしゃがんでいたとか、薬局のカウンターの下に薬剤師さんとお客さんが一緒に隠れていたとか。「自分は気にしないで水道水を飲むけれど、子どもには飲ませない」ということも、「今日の放射線」の数値が“花粉情報”のようにテレビで流されていたことも、もうすっかり忘れられちゃっていますよね。どこかに書いておかないと、きっと残らないだろうと考えたのです。

我当时就是想着把所见所闻写入书中所以才会在那本书中记录下地震当天发生的事情。NHK的主播非常冷静,窗外的行人蹲在地上,药剂师和客人一起藏在了药店的收银台下等等。像“虽然自己可以随便一点,饮用自来水,但是不能让孩子喝”这样的事以及“今天的辐射”指数就和“花粉信息”一样被电视频繁报道这样的事,现在已经全都忘了。要是没有记录下来,这些记忆一定会就此消散吧。

平成の30年間に、事件や災害など怖いこともたくさん起きましたが、ミステリー作家としての私は、ダイナミックな時代に作品を書けたのかなと思います。

在平成的30年里,虽然发生了很多案件、灾害等令人感到恐怖的事,但作为推理作家的我也感到荣幸,能在这样充满生气的时代里创作。

そして個人的には、これから平成最後の冬を越して新しい元号の春が来たときに、次のミステリー界がどうなるか、それをいま作家半分、読者半分の気持ちで楽しみにしています。

另外个人想法是,在过完平成最后的冬天,迎来新年号的春天时,推理小说界会发生怎样的变化呢?我怀着一半作家,一半读者的心情,异常期待。

宮部みゆき(みやべ・みゆき)
1960年、東京都生まれ。都立墨田川高校卒業後、弁護士事務所に勤務。1987年、『我らが隣人の犯罪』でオール読物推理小説新人賞を受賞しデビュー。1992年、『龍は眠る』で第45回日本推理作家協会長編部門賞、同年『本所深川ふしぎ草紙』で第13回吉川英治文学新人賞。 1993年、『火車』で第6回山本周五郎賞。 1997年 『蒲生邸事件』で第18回日本SF大賞。 1999年、『理由』で第120回直木賞。 2001年、『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、第5回司馬遼太郎賞、第52回芸術選奨文部科学大臣賞文学部門をそれぞれ受賞。 2007年、『名もなき毒』で第41回吉川英治文学賞受賞。 2008年、英訳版『BRAVE STORY』でThe Batchelder Award受賞。

宫部美雪(miyabe・miyuki)
1960年,出生于东京都。东京都立墨田川高中毕业后,在律师事务所工作。1987年,凭借《邻人的犯罪》获得ALL读物推理小说新人奖而出道。1992年,凭借《龙眠》获得第45届日本推理作家协会长篇小说部门奖,同年凭借《本所深川诡怪传说》获得第13届吉川英治文学新人奖。1993年,凭借《火车》获得第6届山本周五郎奖。1997年,凭借《蒲生邸事件》获得第十八届日本SF大奖。1999年,凭借《理由》获得第120届直木奖。2001年,凭借《模仿犯》获得每日出版文化奖特别奖、第5届司马辽太郎奖和第52届艺术选奖文部科学大臣奖 文学部门。2007年,凭借《无名之毒》获得第41届吉川英治文学奖。2008年,凭借英译版《BRAVE STORY|勇者物语》获得巴彻尔德奖。